学びのリレー 未来に向けて学び続ける先生たち 第10回(月刊高校教育2026年1月号)
学事出版『月刊高校教育』にてFind!アクティブラーナーの連載がスタート!
こちらでは冊子の記事をWEB版として公開しております。
学びのリレー 未来に向けて学び続ける先生たち 第3回(月刊高校教育2025年6月号)
東京電機大学中学校・高等学校
島崎 由紀子(しまざき ゆきこ)先生
「東北スタディーツアーと学びの循環」
≪東京電機大学中学校・高等学校について≫
東京電機大学中学校・高等学校(以下、本校)は、東京都小金井市に位置する中高一貫の私立学校です。その起源は1939年にまでさかのぼります。前身である東京電機高等工業学校が設立され、その後1948年に電機学園高等学校を設置。1956年には現在の校名に改称し、1992年に小金井の地に校舎を移転しました。1996年には中学校が開設され、1999年には男女共学となりました。
校の校訓は「人間らしく生きる」。教育目標は「生徒一人ひとりが個性を伸ばし 豊かな人間性と高い知性と強靭な体をそなえ 新しい時代と国際社会の中で活躍し 信頼と尊敬を得る人間となるよう教育する」です。「豊かな心・創造力と知性・健やかな身体」をそなえた人を育てることが、本校の目標であり、これらの理念のもと、日々の授業や行事がデザインされています。
中学校は1学年5クラス、高等学校は7クラス編成で、そのうち4クラスが中高一貫生、3クラスが高校からの入学生です。1クラスはおよそ35名前後。比較的少人数で、きめ細かな教育を実現しています。
本校の理科教育についてお伝えします。本校は、学園の源流である教育理念『実学尊重』を指針とし、中高でも実験・実習を多く取り入れ体験することを重視しています。また、中学段階では手作りで実験道具をつくり、高校では結果をレポートにまとめて科学的な思考と表現を磨く授業を展開しています。学んだことを実際に体験・経験することで、新たな気づきや発見につながる、といったサイクルを重視しているのが、本校の特色です。
本校の教育で特にユニークなのが「フィールドワーク型の学び」です。国内外を問わず、現地の人や社会と関わりながら「自分で考え、行動する」体験を重視しています。希望者を対象に、「福島・ブリティッシュヒルズ英語研修」「マレーシア英語研修」「カンボジアボランティアツアー」「カナダ短期留学」「東北スタディーツアー」といったプログラムが用意されています。これらのプログラムを、複数学年による希望者参加で実施している点が、本校の特色だと思います。
本校の生徒たちは、中高一貫教育という長い時間のなかで、自分の興味を追究し、周囲と尊重し合う文化が根付いています。中学と高校の両方で担任を務めた私から見た、本校生徒の特徴をいくつか挙げます。
本校生徒の特徴を申し上げますと、「良い意味でこだわりが強い生徒が多い」です。自分の好きなことについて熱く語れる生徒が多く、電車やプログラミング、アニメ、漫画など、それぞれ自分の得意分野をもっています。
また、理系色の強い校風も影響しているからなのか、男子生徒が約6割と多いのですが、男女の比率を感じさせないほど、お互いが伸び伸びと学校生活を送っているように感じます。対等な関係性の中で「好きなこと」の話で盛り上がっており、部活動や学校行事でも互いを尊重する関係性が築かれています。
同様に、理系文系ということについても同じことが言えます。本校は理系を目指す生徒が約7割という学校なので、自ずと文系クラスの生徒も理系的な視点をもって学んでいます。また、理系の生徒が社会問題や倫理を深く考えるなど、横断的な学びが自然に起こっています。
そういった、「~だから~であるべき」ということに縛られるのではなく、自分がやりたいことを自由にさせてくれる雰囲気のなかで個性を育む教育をしています。
≪私のキャリアについて≫
私は大学では法学部で、「メディアと法」をテーマとするゼミに所属していました。報道の過程に関わる「倫理」や「憲法(表現の自由とプライバシー権)」を学び、ゼミ生と共にディベートやディスカッションを通して答えのない問いを議論していました。その経験が、現在の「公共」や「政治経済」の授業で、生徒に答えのない問いを投げかけている源泉となっているかもしれません。
大学卒業後、私立学校の非常勤講師として、2年間を通して「現代社会」「地理」「世界史」などを担当。教員としての基礎を積みながら、「長期的に生徒と関わり、変化を共に見届けられる学校で働きたい」と強く感じるようになりました。
その思いに合致したのが本校でした。中高6年間を通して成長を見守れる環境、そして教員の挑戦を支える自由な校風が、私の教育観と重なりました。2012年に着任して以来、中学担任を3周、高校担任を1周務め、現在14年目になります。今年度は、初めて高校3年の担任を務めています。その間、「社会とつながる教育」をキーワードに、数々の探究型授業やプロジェクトを生徒と共に企画してきました。その代表的な取り組みが、「東北スタディーツアー」です。
≪東北スタディーツアー(被災地訪問)について≫
本校の「東北スタディーツアー」のきっかけは、2017年に教員研修として参加した「3.11を学びに変える旅」でした。その際、学生向けの研修旅行の案内を受け、「被災地に行くことの意義」や「学校としてそれを行うことの意義」について深く考える機会を得ました。
震災を“知識として学ぶ”だけではなく、“現地に行って体感し、考える”ことが、生徒たちの大きな学びにつながると感じ、すぐ企画立案し議案書を作成、部長会での審議を経て実施に至りました。
この「東北スタディーツアー」は、2017年8月の開始以来、これまでに9年間で8回実施してきました(2020年は中止、2021年はオンラインで実施)。ツアーの基本コンセプトは、「現地に行かなければ分からないことを学びに行く」です。期間は1泊2日で、震災遺構の見学、被災者の方々との交流、そして地域のアクティビティなどを中心に行っています。参加対象は中学2年生から高校2年生までで、毎年およそ20名の有志生徒が学年・クラスの垣根を越えて参加しています。訪問先は、東日本大震災で特に被害が大きかった岩手県・宮城県・福島県を中心に構成しています。中2から高2まで継続して参加もできるように、3県をめぐる構成としています。
行程の作成にあたっては、事前に現地を下見し、復興の変化が最も感じられる場所を中心に組み立てています。また、時には生徒から「この本を書いた方に、お話を聞いてみたい」といった希望が出ることもあり、そのような声を大切にしながらテーマを決めています。具体的な行程は現地の方々に相談に乗って頂いており、観光協会の方々には毎年お世話になっています。特に、被災地と一言でいってもそのようすは様々なので、「ここをぜひ見てほしい」という現地の方々の声も伺った上で、行程を一緒に組んでいます。
このツアーの目的は、「東日本大震災が起きた当時、現地でどのようなことが起きたのかを理解し、学んだことを自らの言葉でまとめ、発信すること」です。震災を単なる“知識”として学ぶのではなく、“自ら発信する”ことで初めて学びが深まると考えています。その過程で生徒たちは、自分の考えを整理し、他者に伝える力を養っていきます。
このツアーには有志の生徒が参加するため、もともと学びに対する意欲は高い傾向があります。それでも、「ニュースで見て知ること」と「現地に行って知ること」の違いを肌で感じ、帰ってくる生徒が多くいます。最近では、東日本大震災以降に生まれた生徒も多くなってきましたので、「そもそも何があったか」を知って、受け止められるかをふまえて参加を決める必要がでてきています。その中で、「自分だったらどう関われるのか」を真剣に考える生徒もおり、ツアーが進路選択や将来の目標を考えるきっかけになるケースも少なくありません。
被災地でよく聞くのが、「知ってもらうだけで大きな力になる」「とにかく多くの人に伝えてほしい」という言葉です。この思いを受け、生徒たちはツアー後に「発信者」として学びを広げる活動を行っています。文化祭での発表をはじめ、ポスター展示や写真展、口頭発表などを通して、自分たちの経験を多くの人に伝えています。また、動画制作が得意な者もおり、1泊2日の行程を映像としてまとめてくれた生徒もいます。こうした発信活動を通じて、生徒たちは“被災地の現実”を自分の言葉と表現で伝える力を身につけています。
活動を始めて9年が経ち、ツアーをきっかけに進路を決めた卒業生も出てきました。今後は、「在校生」「卒業生(大学生)」「卒業生(社会人)」が母校に集い、それぞれの立場から学びを共有し合えるような仕組みをつくっていきたいと考えています。すでに大学生になった卒業生が、OB・OGとしてツアーのサポートに参加してくれる例もあり、そうした“学びの循環”が生まれつつあります。被災地を訪れた経験をきっかけに、「学びをつなぐ」「思いを伝える」活動として、このツアーをさらに発展させていきたいと考えています。
≪「VR×防災教育」プロジェクトについて≫
本校では、東日本大震災の被災地を訪れる「東北スタディーツアー」を継続的に実施しています。そのツアーに参加した生徒の一人が、「現地に行けない人でも被災地の様子を知るきっかけとして、VR(仮想現実)を活用できるのではないか」という意見を出してくれました。この一言が、本プロジェクトの原点となりました。
その生徒はすでに卒業していましたが、それから5年が経ち、ようやく実現に向けた環境が整いました。VR制作のスキルを持つ在校生が現れたこと、そしてVR技術に精通した大学教授と出会えたことが、プロジェクトを動かす大きなきっかけとなりました。
本プロジェクトを進める上で大きな転機となったのは、東京電機大学の高橋時市郎教授との出会いです。教授が開発された「VRを用いた冠水状況体験システム」を紹介するポスターを目にし、直接アポイントメントを取り、構想が実現可能かどうかを相談しました。
本校は大学法人と内線通話やメールで連絡を取ることが可能なため、スムーズに連携を取ることができました。また、「東京電機大学と高等学校における連携協議会」という仕組みがあるため、大学との協働に関しても相談しやすい環境が整っています。
その後、高橋教授および東京電機大学ビジュアルコンピューティング研究室(VCL)の皆さまのご協力を得て、3DCG作成ツール「Blender」やゲーム開発プラットフォーム「Unity」の操作方法についてご指導をいただきながら、生徒3名がチームを組み、役割を分担して制作を進めました。
2024年度の文化祭での発表を目標に準備を進めましたが、当日は残念ながらプログラムが起動せず、発表を行うことができませんでした。しかし、同年11月に開催された学校説明会で無事にお披露目を行うことができました。
文化祭での発表が叶わなかったとき、生徒たちは大変落胆していました。そんな中、高橋教授のご紹介もあり、学会主催の「映像表現・芸術科学フォーラム2024」への参加が決まりました。このフォーラムは、多くの大学生や専門家が参加する発表会であり、生徒たちは大きな緊張の中で自分たちの制作成果を発表しました。その結果、努力が高く評価され、「コロナ社賞」と「アールフォース・エンターテインメント社賞」という2つの賞を同時に受賞することができました。
この経験を通して、生徒たちは「防災を学ぶこと」だけでなく、「自らの発想を形にし、社会に発信する力」や「諦めずに挑戦する姿勢」の大切さを学ぶことができました。
≪地域と連携した防災教育 ― 小金井市との連携≫
東北スタディーツアーに参加した生徒の一人が、「今度、学校の近くで防災イベントがあるので、島崎先生、ぜひ行ってみてください」とポスターを渡してくれたことが、この取り組みの始まりでした。
そのイベントは、本校から徒歩6分ほどの場所にある梶野公園で開催された「減災フェスタ」です。イベントでは、地域の防災活動に関する展示や体験プログラムが多数行われており、その内容や方針に深く感銘を受けました。そこで主催者の方々に直接声をかけ、イベントの準備や開催に至るまでの経緯をお聞きしたところ、「一緒に何かできることはないか」というお話になり、協働の可能性を探ることになりました。
その結果、イベント内で紹介されていた「マンホールトイレ」「かまどベンチ」「給水体験」を生徒たちが実際に体験できる課外プログラムを実施することになりました。プログラムでは、梶野公園およびその周辺に設置されている防災設備を実際に体験する活動を行いました。
主な内容は、①マンホールトイレを組み立てて設置する手順を学ぶこと、②応急給水訓練で給水バッグに水を入れる練習をすること、③かまどベンチで火を起こす手順を学ぶこと、の3つです。
特に難しかったのは火起こしで、ガスコンロで簡単に火をつけることができるのはありがたいことだと感じました。また、そこで沸かしたお湯をつかって持ち寄った非常食を食べましたが、水やお湯がいかに貴重なものかを改めて知ることができました。
これらの準備や運営には、小金井市地域安全課や梶野公園サポーター会議など、地域の皆さまの多大なご協力をいただきました。地域の方々と協力しながら、防災に関する知識を「体験を通して学ぶ」ことができたことは、生徒たちにとって貴重な経験となりました。
また、東北スタディーツアーでお世話になった相馬市観光協会の方から、「自分の住んでいる地域の防災設備を理解しておくことが大切」というお話をいただいていたこともあり、生徒たちは「自分たちの学校のすぐ近くで防災を学べたこと」に大きな意義を感じていました。
被災地で学んだ教訓を自分たちの地域で生かすというこのような取り組みを、「防災教育の循環モデル」の一つとしてきちんと形にしていけたらなと、期待しています。
≪私の日々の学び・研鑽について≫
私は、日々の生活のなかで「社会とのつながり」を意識的にもつように心がけています。教育という仕事は学校のなかで完結しがちですが、社会と接点をもち続けることが、結果的に教育の質を高めることにつながると感じているからです。その一つの実践として、韓国語レッスンに通い、「生徒」として学ぶ立場を体験しています。教える側ではなく学ぶ側に立つことで、学習者の気持ちや困難さを改めて実感し、日々の授業づくりにも活かすことができています。
また、SNSを通して研修や教育関連の情報を収集したり、本屋に立ち寄った際には最近のトレンドになっている本を確認したりして、社会の動きや世の中の関心をできる限りキャッチするようにしています。さらに、意識的に自己分析も行っています。自分の興味関心がどこに向いているのか、何に価値を感じているのかを日々見つめ直し、言語化することを大切にしています。このような習慣を通して、教育者としての軸を常に更新し続けていきたいと考えています。
さらに、私は現在、社会科の先輩と共に「TIB Students」に参加しています。Tokyo Innovation Base(TIB)は、東京都が主催するアントレプレナーシップ(起業家性)教育の拠点であり、ここでは社会課題を解決するための発想法や実践的な探究活動を学ぶことができます。この活動を通して、他校の先生方と意見交換を行いながら、自らの探究テーマに取り組んでいます。教育の枠を超えて社会的視点から物事を捉えることの大切さを実感し、授業や生徒の探究活動にも新しい視点を取り入れるきっかけとなっています。
(参考:https://entrepreneurship.metro.tokyo.lg.jp
≪未来の教育について≫
あるとき生徒たちに「早く大人になりたい?」と尋ねたことがあります。すると、「子どものままがいい」「大人になりたくない」と答える生徒が多く、その言葉に深く考えさせられました。これは、今の社会が子どもたちにとって魅力的に映っていないということの表れであり、そのような社会をつくってきたのは私たち大人の責任だと感じています。だからこそ、次世代を育てる教師として、そして未来の土台を築いていく大人の一人として、「早く大人になりたい」「大人になってこんなことをしてみたい」と思えるような社会にしていきたいと強く思っています。
そのために大切なのは、子どもに「チャレンジしなさい」と言う大人自身がチャレンジを続けることだと思います。身近な大人が挑戦する姿を見せることで、子どもたちは「自分も頑張ってみよう」と思えるのではないでしょうか。また、子どもたちが少しでも「頑張ろう」と思って何かに取り組み始めたとき、その姿を見た大人も自然と「自分も頑張らなければ」と感じるはずです。
実際、「東北スタディーツアー」では、復興に向けて真摯に努力を続ける現地の方々の姿を見て、多くの生徒が「自分も頑張りたい」と感じてくれました。子どもたちは非常に感受性が豊かです。大人の真剣な姿を見れば、そこから多くのことを感じ取ります。だからこそ、大人こそがいろいろなことにチャレンジし、子どもたちと共にエネルギーを交換しながら切磋琢磨していくべきだと思います。そのような「エネルギーの循環」こそが、社会を前向きに変えていく大きな力になる。私は、「東北スタディーツアー」の経験を通して、そのことを強く実感しています。
これからの人生は「マルチステージの時代」と言われています。企業では転職や副業が当たり前になり、キャリアの形が多様化しています。教育の世界も同様で、今や教師は「授業を教えるだけの存在」ではなくなってきています。学校は、子どもたちと社会をつなぐ「架け橋」のような存在です。
だからこそ、時代の変化を先読みし、「これからの社会でどんな力が求められるのか」「生徒にどんなスキルを身につけさせるべきか」を意識して教育活動に取り組む必要があると感じています。とはいえ、現場では日々の指導に追われ、なかなか「社会とのつながり」を意識的に築く時間を確保するのが難しいのも現実です。そのような場合には、授業そのものを「社会とつながる場」に変えていくのも一つの方法です。
たとえば、企業のCSR活動(CSR:企業の社会的責任)の一環として出張授業や教材提供を行っている団体も多くありますし、オンラインツールを活用すれば遠方の人とも容易に交流ができます。また、ビジネスコンテストなど、中高生が社会と関わる機会も以前より格段に増えています。
生徒が社会とつながる学びの場をデザインすることで、教師自身も新しい知見を得ることができます。そして、教師が学ぶ姿を見た生徒がまた学び、学びのエネルギーが学校から社会へと広がっていく。そのような「学びの循環」が生まれたとき、教育はより豊かなものになっていくと信じています。志を同じくする先生方と共に、未来の社会をより良いものにしていくために、これからも学び合い、挑戦を続けていきたいと思います。その循環の輪の中で、私自身も学びを重ね、成長していきたいと考えています。



