アクティブティーチャーの挑戦 第四回(月刊高校教育7月号)

学事出版『月刊高校教育』にてFind!アクティブラーナーの連載がスタート!
こちらでは冊子の記事をWEB版として公開しております。

アクティブティーチャーの挑戦 第四回(月刊高校教育7月号)

山梨県立甲府東高等学校
遠藤祐也先生

指導案・教材の共有

本校の基本方針は、1人の先生が特別にがんばるのではなく、どの先生も同じようにがんばるということです。国語科としてもこの点を非常に重要視しています。それが形として表れているのが、指導案・教材の共有です。

共通の指導案・教材を作成し、それを担当している教員間で共有しています。指導案は1時間ごとの作成だと先生方の負担も増えるため、単元ごとに作成しています。内容は、単元の流れ、声かけや問いかけをするタイミングを表記しています。生徒から見ると、どの先生から教わっても同じ教材・同じ内容の授業を受けることができます。そのため「この先生からこれは教わってない」「あの先生のプリントの方がいい」といった不公平感がありません。

一人の先生が、担当するクラス分の教材全てを自分で作るというスタイルもあるかと思いますが、本校の場合は教材作成においては、分業をしっかりと行っています。例えば1年の現代文分野の担当はA先生、古典分野はB先生といった形です。ただ、分業といっても各々が勝手に行うわけではなく、新しい単元が始まる前に教科会を開き、「この単元を通じてどういった力を生徒に身につけさせたいか」等々を全員でしっかりと考え、教材選定などを行っています。その上で1人の先生が1つの科目だけに専念し教材開発に進んでいきます。丁寧な教材研究に基づいて教材研究ができプリントの作成なども行えるため、生徒たちにとっても非常に有益です。また、同時に先生方の負担も減るため、業務改善という点でも大いに役立っています。今後は、国語科の取組を広く学校全体に発信していきたいと考えています。

チーム・ティーチングを実践

本校では4年前から高1年生の国語の授業でチーム・ティーチングを行っています。チーム・ティーチングを導入したのは、「国語の授業で育成される言語能力が他教科の学びの下支えとなっている」という考えからです。人間は言葉を使って物事を考えます。言語能力が高まればそれに付随して思考能力も高まっていきます。1年生のうちからしっかりと言語能力を身につければ、その力は他の教科・科目を学ぶ時にも大いに発揮されます。こうした考えに基づいて、従来は2年生と3年生の習熟度別クラスで指導していた部分を減らし、その分を1年生の授業に充てて指導してもらっています。

一方で、生徒の言語能力の育成という目標の実現に向けて、チーム・ティーチングというシステムが十全に機能しているのかどうかという課題があるのも事実です。毎年振り返りを行い、改善点を見直しています。今年度の課題はT2の先生の役割です。今まではT1の先生がメインで授業を行い、T2の先生は机間巡視をしながら生徒のフォローに徹することが中心でした。この形式の有効性について科内で疑問を持ち始めましたので、今年度からT2の先生も適宜授業に介入しながら教員同士が対話的に進めていくという試みを始めました。

授業改善は子どもたちの「主体的・対話的で深い学び」の実現をねらいとしているので、子どもたちに対話的な学びを進めていくのであれば、教員自身が対話的に授業を進めていく必要があります。その対話の中で教員も新たな気づきと出会うことができます。「確かにそういうことも言えますね」「こういうのはどうですか」と、教員が対話をしている場面を生徒が目の当たりにすることで対話を通して思考を深めるプロセスを学ぶお手本が示せます。

そのため、今年度はT2の先生は生徒のサポートだけではなく、興味深い回答を書いている生徒がいたら、「このような回答をしている生徒がいるのですが、みんなに投げかけてみませんか」等々積極的に授業に介入しています。授業進度を気にして予定調和的に授業を終わらせるのではなく、その時々の生徒の声を拾い、生徒も学ぶが教員にも学びがあるような授業をやっていこうという方針のもと、教科全体で授業改善に取り組んでいます。

チーム・ティーチングは教員と生徒両方にメリット

チーム・ティーチングは生徒にも教員にもメリットがあります。生徒の視点からいうと先生たちから手厚くフォローしてもらっているという安心感があります。授業中に積極的に発言できない生徒もしっかりとサポートを受けることができます。また、教員側にも大きなメリットがあります。毎回お互いの授業観察をしている側面もあるので授業改善につながるのです。他の先生の授業を見ることは、とても新鮮で毎回新しい気づきがあります。授業展開の方法、生徒への声がかけ等々、自分では思いつかなかったことを目の当たりにするに気づかされることもあり、日々学びの連続です。また、2人で授業を担当することで不安感が解消されます。他のクラスと比べて自分は授業進度が遅れているのではないか等々の懸念がなくなり、同一歩調でできるので安心して授業に臨めます。

教科目標を学年ごとに作成

校訓が掲げる育てたい生徒像を基に、教科目標を作成しています。国語科の場合は3領域1事項を基に学年ごとに身につけさせたい力を明確に示しています。3領域1事項とは「話すこと・聞くこと」「書くこと」「読むこと」の3領域と「伝統的な言語文化と国語の特質に関する事項」の1事項のことです。例えば「書くこと」において卒業時に身につけておくべき力とは次のようなものです。目的に応じて実社会の中から集めた資料を分析・整理し、出典を明らかにして引用しながら根拠を明確にしながら自分の考えを論理的に記述することができる。具体的にいうと800字~1200字の小論文を執筆するにあたって資料を分析・整理し、根拠を明確にしながら自分の考えを論理的に記述することができる、ということです。2年生のレベルだと「事実と自分の考えを区別して客観的に記述できるようになる」といったものです。

このように学年ごとに必要な力のゴールイメージを明確にし、先生方に示しています。これは新しく着任された先生にとっても非常に有効で、生徒の実態がよくわからないまま新年度の授業の準備をしなければならない不安が減り、授業準備がしやすくなります。

この教科目標は毎年見直しを行っており、その時々の生徒の状況に応じで目標が高すぎないか等々を確認しています。ただこの目標はあくまで目安です。目標を作成することが目的となることのないよう留意しています。そして、この目標を目安に日々の指導を続けていくことで入試の結果がついてくると信じています。子どもたちが入試をゴールに学ぶのは仕方ない部分もあるかと思いますが、学校教育に携わる教員である以上、入試の向こう側に広がる社会生活で自立できる力を身につけさせることを目標に指導することが大切だと考えます。自立した社会生活を営むことができる力を身につけることができれば、それに付随して受験結果もついてくるという考えが本校はできており、今年は例年以上に結果がでました。

これまで子どもたちに必要な力を身につけてもらうために色々なことを試してきました。国語の聞き取り問題(リスニング)を国語の定期考査に入れたこともありました。3年生のプレゼンの指導に注力し、自分の調べた探究課題をプレゼンさせたりしてきました。そういったことは大学入試で直接的には問われませんが、活動を通して子どもたちは言葉の力をしっかりと身につけて結果的に入試にも役立ったのではないかと思っています。

学習履歴で授業の振り返り

学習履歴を毎時間生徒に記入させるということも行っています。1枚シートになっているもので、「今日学んだこと」「感想・疑問点」についての欄があります。授業中に質問ができない消極的な生徒が疑問点を記入してきた時は、次回の授業で返答しています。またこの学習履歴は、教員にとっても大事な振り返りとなります。生徒の「今日学んだこと」の記載が、教員側の授業のねらいとずれている場合は、教員側に問題があります。そこで授業の見直しが図れるのです。

今年は新しい欄を追加しました。それは「本日の授業で他者の学びに自分が役に立ったと思うこと」です。この欄のねらいはグループ学習などで、人任せになってしまいがちな生徒の主体性を育成するためです。誰かの学びの役に立つということを意識しながらグループワークに臨むことを意識するよう授業の中で子どもたちに伝えています。そうすることで多くの学びが得られるということを子どもたちも理解してくれています。

正直、この学習記録を始めた時は毎時間コメントを書くという事が負担になるのではないのかという意見もありました。しかし結果として、教員も生徒も得るものが大きいので今ではルーティン・ワークの一つになっています。

思いを伝える「国語科通信」

個人的な取り組みとしては「国語科通信」を作成しています。定期考査の後に採点をした手ごたえやテストに込めた思いを子どもたちに発信しています。特に私のテストは初見の文章を扱うので教科書の本文や板書を丸暗記しただけでは点数をとることができません。これに苦手意識を覚える生徒もいます。なぜ私がこのようなテストの問題を作成しているのかというと、国語で育成する力は暗記力ではないからです。適切なキーワードを拾い、論旨を理解するということが大切です。国語力があればどんな文章も理解することができます。社会にでると限られた時間で様々な文章を理解したり、自分の考えを述べたり書いたりする力が求められますので、その力が必要だということを伝えています。生徒は常に「意味があるのかどうか」を気にする傾向があるので、私は意味があることしか求めないこと及びその意味をしっかりと生徒に伝えることで、生徒に理解してもらっています。

 

人類は皆歴史の一部

繰り返しになりますが、学びの目的はテストで点数をとることでなく、社会に出てから必要な力を身につけることです。古典などを教えていると「何のために昔の言葉を勉強しないといけないのか」といった質問を受けることがあります。その時に子どもたちに伝えることは、昔と今は切り離されたものではないということです。

私たちが普段使用している言葉もその一例で、昔の言葉が方言として残っていることもあります。例えば今も北関東の方で使われている語尾の「べ」は助動詞「べし」から派生したものです。「花見」の「花」はなぜ「桜」を指すのか、なぜ桜の開花予想がニュースとして成立するのか、このように自分たちの生活と関連付けると子どもたちの関心が高まります。昔の事は自分たちと関係ないわけではなく、「君たちも歴史の一部」なのだと常々伝えています。

古典を通じて先人たちの考え方を知ることはとても大事です。例えば、「生・老・病・死」は、時代を越えて人間の普遍的な問題であります。「よく生きるとはどういうことか」「人は死とどう向き合えばよいのか」といったことは、文明や道具の水準は違えども、今の私達も向き合わなければならない問題でありなく、昔の大先輩たちがどう対処してきたのかを知ることは自分たちの人生を充実させる肥やしになります。これから生きていく過程において何かしらの課題に直面した時に「自分がおかれている状況は兼好法師が徒然草で言っていたことと同じだな」「そういえば清少納言はこんなこと言っていたな」ということに繋がっていくかもしれません。常々授業で伝えていることがあります。「私はみんなの中に種だけまきます。種は目に見えないけれど、意味のないものとは思わないでください。これからの君たちの人生においてでその種が芽となり花となればいいなと思っています。」

最後に

子どもたちの主体性の育成は、とても大切なことです。理想は教員が指示をしなくても生徒がすべきことを分かっていて、自分で取り組める姿です。自分の現状を把握し、具体的な行動を起せる生徒を育成するためには、教員自身も常に学ばなければならないと思っています。一緒にがんばりましょう。

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