概要
長年トップアスリートのトレーニングに携わってきたプロフィジカルコーチ田島孝彦氏による、八王子市立弐分方小学校1年生に体育の特別授業を取材しました。
人は2歳児くらいから運動神経系が発達し始め、小学生の間に発達のピークを迎えるそうです。この時期に、運動神経、基礎的運動スキルを養っておくことで、後々、スポーツで活躍できたり、思うように体が動かせたりする、いわゆる「運動神経のいい人」に成長していくことができるのです。
授業では、運動神経を伸ばす7つの要素が組み込まれている『コーディネーション』というトレーニングを行っていきます。
トレーニング、というと、退屈で難しそうな印象があるかもしれませんが、子どもたちは実に楽しそう!少し頭を使う複雑な動きなので、はじめは出来ない子もいるのですが、夢中になってコツをつかもうとやり続けます。そうして「できない」が「できる」に変わっていくとき、脳の中の運動の「回路」が作られていくのだそう。
・なかなかコツをつかめない児童がいる中で、どのタイミングで次のトレーニングに移るのが適切なのか?
・子どもたちを集中させるために気を付けることは何か?
・声のかけ方のポイントは?
など、通常の体育指導でも参考になる点が満載です。
特別講師:
株式会社T's-Condition代表 田島 孝彦氏
株式会社T's-Conditionチーフフィジカルコーチ 館崎 雅晴氏
Q.授業のコンセプト
株式会社T'sCondition代表 田島 孝彦氏(以下、田島) まず、子どもたちに関してですが、今の時代、基本的に「遊ぶ」ということが非常に少なくなっています。実際には生活の環境などによって、いわゆる公園等の遊び場所がなくなってきており、公園の遊具自体も撤去されたり、中でボールを蹴ったり投げたりというのがなかなかできない状況です。
そんな中、やはり子どもたちが楽しく運動をすることができていないので、その部分をなんとか授業でできるように、子どもたちがまず楽しんで取り組めることを大前提に考えています。
基本的に子どもの幼少期に、基礎運動能力、いわゆる打つ、飛ぶ、投げる、取る、走るなどの基本動作をいろいろ行うことによって、運動神経、運動スキルが構築されていきます。後々、高校生や大人になってから、そういう具体的なスポーツのスキルがどんどん伸びていくという形になっているので、まず「幼少の頃に考えながら楽しく体を動かす」というコンセプトのもとに行っています。
Q.幼少期とは何歳から何歳まで?
田島 基本的に、2歳児ぐらいから運動神経系が発達し始めてくると言われています。
Q.小学校では何年生を対象にしているか
田島 基本的には、1年生から6年生まで対象としており、特に1,2年生に関しては、神経系が伸びる時期ですので、そこをターゲットにして、今もそのクラスを担当しています。
Q.年間でどのぐらいの頻度、指導をしているか
田島 昨年末に2度、体育の授業を1限目から6限目まで行っている状況です。子どもたちには教えるというよりは、楽しく体を動かすということを伝え、先生たちには、後ほど理論を含めた形で色んな種目や考え方を少しお話をさせていただいて、授業を進めている状況です。
Q.授業後に先生に対し、レクチャーをすることはあるか
田島 この場所ではないですが、基本は、1限目から6限目まで授業を子どもたちに教えて、その後、学校の先生に、コーディネーションというこの遊び自体の理論についてお話しさせていただいています。
コーディネーションには、7つの要素がありまして、その7つの要素を色々分解しながら、プログラムに落とし込んでいるという状況です。ですので、一見遊びに見えても、その裏にはきちっとしたトレーニングや運動神経が伸びる要素が含まれています。
Q.レクチャーを受けて、先生が実践していくという流れ?
田島 そうですね。そういう形を理想として活動しています。
Q.今回も授業で扱った種目とコーディネーションの関係
田島 まずはじめに、手をグーパー、グーパーさせて手と脳との協調性に関わる「ハンド・アイ・コーディネーション」のルールを決めます。「胸はパーだよ、前はグーだよ」といったルールを決めた上で、子どもたち自身に、スムーズに出来るようにイメージしてもらいます。
イメージをした中で、しっかりとそのイメージ通りにできるかどうか。「胸がパー」という条件を付けているのにグーになってしまったり、前がグーなのにパーになってしまったりというように、そこに何か間違いがあるとすれば、どこかの回路が間違っているということになります。
その回路の間違いを、「前はグーだった、胸はパーだった」ということをどんどん繰り返すことによって、失敗からだんだん成功へと導いていきます。そうすると、その運動の回路が1本でき上がる、というような考え方のもと、それがギリギリ成功するかしないかというところで、何度も何度も、そういう運動をすることによって、色んな情報が入ります。
子どもたちには、今日の運動自体は全て、「こういうことをやるよ」とはじめに情報を与えます。情報を与えて、実際にやり方、目で見た状況で、正しい形を見せます。そこから子どもたちに運動してもらって、そこでエラーを出しながらもそれを何度も繰り返すことによって、成功体験に導くということです。いわゆるコツを掴むというような形です。
はじめは、ハンド・アイ・コーディネーションをやり、その後にスキップですね。スキップは、7つのコーディネーションの要素の中のリズムになるので、そのリズムを使いながら、上手にスキップできるかどうかやらせていきます。
例えば、今日の場合、スキップを見ていると、ほとんどの子どもたちができていたので、少し変化を加えて、ボールを使ってドリブルをしながらスキップさせてみました。そうすると、同時に2つの運動になるので、たくさんの情報量を入れなければならなくなります。そして、その情報量をまたアウトプットしなければいけないとなると、脳をたくさん使います。
なので、脳を使いながら運動をすると、また回路が少しずれ始め、はじめは失敗する子も多いですが、繰り返しやることによって、成功へと変わってきます。このような形で、1つだけの単純な運動ではなく、いろいろ組み合わせた形で運動をやっているという状況になります。
Q.成功のぎりぎり手前までやるという意図
田島 完全に1つの成功体験までいってしまうと、ものすごく時間がかかってしまいます。ですので、基本的には40分のプログラム自体が集中力の限界だと思うので、その40分の中で、1つの成功体験より、できるかできないかギリギリのところの種目をたくさん詰め込んであげています。そうすることによって、子どもたちは成功体験までいかないまでも、たくさんの情報(回路)を得られるような取り組みをできるようにしています。
コツを掴んでもらうためには、1つのことで成功体験を得るよりも、たくさん色んな情報を出しながら体を動かしてもらったほうが、最終的に大きな成果に結びつくという考え方です。
Q.成功体験のぎりぎり手前を見極めるタイミング
田島 タイミングは非常に難しいです。できる子は、コーチたちがやっているところを見て、すぐに物まね、模倣ができて上手です。そういう子はたぶん、何かしら自分の体の動かし方のコツを知っているので、もう自由にしてもらっています。そのコツは自分自身にしか持っていないものなので、人には教えられません。
なんとなくあの授業のニュアンスで、30人の中で「あ、この子できるな」という子を片目で見ながら、他方で、まったくできない子たちが、少しコツを掴み始めたなというタイミングで、種目を切り替えるというような形です。できる子は、そのままです。
これがマンツーマンでしたら、すぐにポンポンとプログラムを変えていくのですが、やはり全体を見通して行う場合は、全体の6~7割の子が、少しできつつあるなというタイミングでプログラムを変えるような状況にしています。
Q.種目を切り替えるテンポの速さについて
田島 特にテンポはすごく重要視しています。どうしても、間延びしてしまうと飽きが出てしまうので、子どもたちに飽きさせないで、常にこちらに集中し、夢中になってもらえる状態で、声の出し方やタイミング、それから強弱を付けたりというのは、特に意識をしながらやるようにしています。
Q.授業で目的としていること
田島 基本的に、我々がやっている運動、基礎運動能力、いわゆる運動スキルを上げるという取り組みに関しては、ゴールがありません。野球やサッカー、バスケットボールなどのスポーツの中でのスキルというのは、それぞれ専門的にありますが、我々はそれらの中のもっと基礎の部分、土台となるところになります。
例えば、ドリブルひとつうまくなったとしても、果たしてバスケットボールで通用するかといえばそうではありません。もちろん通ずるものはありますが、バスケットの場合、ドリブルだけでなく、ドリブルで走ってゴールを入れる、もしくはパスをするというような複合的な運動が入ってきます。
しかし、我々がやっている運動は、体力測定で速かった遅かったではなく、あくまで基礎運動なので、ドリブルをボール1個だけではなくて2個使ったりすることによる体の使い方の部分をものすごく重要視しています。
もちろん成功するに越したことはないのですが、情報量をとにかく多くして、多くしながらも、そのツールを使いこなせる、体をたくさん上手に動かせるということをテーマにし、コツを掴んでいってほしいです。
「どうやったら、ボール2つがうまく取れるのかな」「どうやったら下のボールが取れるのかな」となった時に、子どもたちが、「あ、膝を曲げればいいんだ」「腰を曲げればいいんだ」「手をもう少し伸ばせばいいんだ」ということを、子どもたちが自然と自分の中で考えて、体を動かせるようになることが一番の目的になります。
ですので、とにかく自分たちがまず考えて動く。それは考えてから動いているので、自動化されていない運動です。しかし繰り返していくうちに、最終的には、考えながらやっていく運動といったように、考えなくても勝手に体が動いてくれるようになります。
はじめは自転車に乗っていても「自転車に乗れない」「転んでしまう」「なんで転んじゃうんだろう」「膝痛いから、もう転びたくないな」と思っています。しかし、慣れてくると、いつの間にか自転車に乗れるようになり、何も考えなくても自転車に乗れている。それはある意味、自転車という1つの専門的な動きに対して、はじめは体が自動化されてなかったものが、自動化されてスムーズに乗れるようになったということです。
なので、何十年経っても、5年10年乗らなくても自転車には乗れてしまいます。そういうような神経系を構築し、作り上げていくということです。いわゆる回路を作り上げているので、成功が目的ではなく、考えながら体を動かすことで最終的に自動的に体が動くということを目的とし、成功としています。
Q.授業で得た能力の日常生活への活かし方について
田島 例えば、何か分からないことがあった場合に、昔、僕らの時代であれば、本屋に行くのに自転車に乗って本がどこにあるか探して調べるというように、自分の体を動かしていました。ですが、今はこのような情報化社会になって、スマホですぐに知りたいことをその場で知ることができてしまいます。
情報があること自体は良いことですが、情報があまりにも行き過ぎている部分があるので、逆にある意味、危機管理能力というようなものが薄れてきてしまっていると思います。もっともっと日常生活の中で、考える力をもう少し持ってもらいたいという想いがあります。
例えば、釘を打つのもそうです。なかなか家で釘を打たないですし、実際に子どもたちが釘をどこまで打てるのか分からないのですが、釘を打つ動作があります。また、掃除にしても今でこそモップがありますが、僕らの時は四つん這いになって、雑巾がけをしていました。あれもしっかり手を伸ばさなければいけないし、もっと腰を上げたり色々するので、楽な動作ではありません。
便利ではないですが、いかに早く進むか、いかに早く終わらせるかというような、日常生活の色々な動きが今みたいにプログラムされていなくても、昔の遊びの中で構築されていました。
今の時代でいえば、便利な中でも、その便利さを求めないような生活。例えば、エスカレーターでなく、単純に階段でもいいですし、車ではなくて、自転車というように、歩く、走るという動作を子どもたちにはたくさん増やしてほしいなとは思います。
Q.勉強で活かせる部分はあるか
田島 今日行われた40分間において、子どもたちを夢中にさせることができれば、それはその時間子どもたちが集中できたということであり、何か夢中になれるものがあれば、集中力はつくのだと、このプログラムをやっていて非常に思います。
なので、勉強にしても解けない問題を解く場合も、自分で何かコツを掴めば、勉強が楽しくなる。楽しいということはイコール集中できるということなので、特に、このプログラムを通じて、子どもたちが集中できるようなものに関しては身につけさせることはできるのかなというのは感じています。
Q.児童を集中させるために心がけていること
田島 やはり、想いです。とにかく子どもたちに色んな動きを伝えたい。あとは、本当に楽しいという気持ちにさせるためにはどうしたらいいのだろうというのは、常に心がけています。
なので、1つのことをマンネリではなく、ポンポンと、「子どもたちが飽きそうだな」「これはもう、みんなできそうだな」というところでプログラムを変更させることが僕の中で心がけていることです。子どもたちの笑顔をどうやって引き出すかというのは、僕の中でのテーマになっています。
Q.子どもたちから学んだことはあるか
田島 あります。特に気づいたのは、未就学児の小さい子どもでも、僕らが思っている以上に色々考えているのだなと気づきました。なので、我々が教えすぎてしまうと結果的に、「指示がないと動けない子」になってしまいます。
以前はやはり教えすぎていた部分があったのですが、今は、1つ2つポイントを伝えるだけで大丈夫かなと思っています。
実際、1つ2つだけのアドバイスを続けることによって、子どもたちが勝手に考えて、いろいろ体を動かしてくれるということが分かったので、本などではそのようなことは書いてありましたが、それを実体験として学べました。実際、教えなければいけないこともあるのですが、教えすぎはいけないなというのは、いちばん子どもたちから学んだことです。
Q.教えたくなることはあるか
田島 なります。もう手取り足取りしてあげたいですし、「それ違うよね」「あれこうだよね」と教えたくなりますが我慢します。そういう時は、常に子どもたちと対話形式にして、「いま何ができた?」「どこがダメだった?」「どういうところに注意したの?」という問いかけから、いかに考えを引き出すかということをポイントにしています。
ただ、動きとして、間違った動作に関しては、的確に「今のは完全に違う動作だよね」というように教えますし、そこのタイミングは見誤ってはいけないなと思います。
Q.授業で学んだことを将来どのように活かしてほしいか
田島 今、実際にテニスのほうにいろいろ関わっていて、以前はトップの選手のトレーニング等にも関わっていたのですが、実際にトップになれる選手は本当にひと握りです。
ですので、多くの子どもたちがスポーツを通じて、いろいろ物事を考えられるようになって、たくさん選択肢を増やしてほしい。そして、好奇心をたくさん持って欲しいなというのはあります。
プロになる子たちは、それはそれでいいのですが、たいていの子はプロにはなれない状況になると思います。その中で、この運動を行うことによってたくさんの運動スキルが向上し、自分があれをやりたい、これをやりたいと思った時にできる、いろいろ応用が効くような子どもたちになってほしいと思っています。
「体を動かすのが楽しい」という想いを持ってもらうには、大人になってから動かすよりも、小さい頃からずっと動かしていることで、「運動って楽しいな」「スポーツって楽しいな」と思ってもらうことが一番の望みです。
Q.今回の授業での反省点はあるか
田島 反省点…やはり時間が足らないということです。ああして関わると、もっともっと引き出してあげたいですし、もっと色んなことを教えてあげて、コツを掴む手助けをしたいなと思いました。
Q.反省点その2
田島 「的確なアドバイスができていたのかな」という気持ちで、いつも自問自答しています。僕の中ではできていると思うのですが、それが子どもたちにどう映っているかというのがあります。「僕の言っていることが難しい言葉でなかったか?」「子どもたちの中にスッと入ってくれたか?」など。
今日は1年生だったので、1年生用に簡単な言葉で話しているつもりなのですが、ついつい言葉付けが難しくなってしまったりすることがあります。しかし、特に気をつけていることがあり、「ダメ」や「できない」などというキーワードは言わないようにしています。
そうすると「あ、ダメって言われた」「できないんだったら、じゃあやらねえや」と思われてしまうのが非常に嫌なので、「もう少し」とか「もうちょい」というような、子どもたちのモチベーションを上げ、やる気を引き出せるようなキーワードを使うようにしています。
それでも、NGワードを言わないことや良いキーワードをきちんと使い分けることができているかというのは、後で振り返ってみないと分かりません。「今日も言ってたよね」と回りから言われてしまうこともあるので、そこがいつも反省点としてあります。今日は、たぶん言ってないと思うのですが、後で聞いてみます。
Q.児童からフィードバックをもらうことはあるか
田島 通常のレッスンだと、終わってから最後の挨拶をする前に、3,4人のグループを先生やコーチの横に付けて、1回落ち着かせてから、「今日どうだった?」という対話形式で話をします。
その時に、「難しかった」や「あそこが分かんなかった」というワードが出てくるので、そういった意見をうまく引き出しながら、次回に向けます。
今日のような学校の授業ですと、終わる5分前にはある程度成立させて、ひと言挨拶をして、整列したらもうチャイムが鳴って、次の5分で移動しなければいけないので、なかなかそのようなフィードバックをもらうことができないというのはあります。
フィードバックはいつも大事にしているので、そういう会話ができないのは、少しさみしいと思う部分もありますが、その後にはよく校長先生と話をしたり、色々ご意見を聞くことはあります。とはいえ、できればリアルタイムに、子どもたちの率直な意見を聞きたいかなと思います。
ほとんどの子どもは「楽しい」と言ってくれるのですが、その「楽しい」中に、「何が楽しかったのか」「どういうところができなかったのか」「なんでできないんだろう」というような振り返りがあると、もっともっと、子どもたちと近づけるのかなと感じています。
Q.今回の授業を一言で表すなら?
田島 子どもたちの未来を作る第一歩です。...
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