概要
何もしていないのに学級がまとまる!?
公立中学校での『学び合い』の実態とは?
朝比奈先生の授業は、立ち歩きOK。おしゃべりOK。大爆笑もOK!?なのに、生徒が伸びています。
なぜこのような授業が成立するのでしょうか?
朝比奈先生にお話をお伺いしました。
『学び合い』とは(上越教育大学教職大学院教授 西川純先生より)
『学び合い』とは子ども達全員が幸せな一生を実現するための教育の考え方です。
教師は全員達成を求め、評価し続けることによって、全員が自分を見捨てない仲間集団を得ることが出来ます。
アクティブ・ラーニングとは単なる方法論ではありません。
その根幹は「認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成」です。
『学び合い』はそれを実現できる教育実践の考え方です。
この考え方に基づき、小中高の様々な教科において、その先生なりの実践が可能となります。
『学び合い』についてはこちらから詳細をご覧いただけます。
http://manabiai.g.hatena.ne.jp/
Q.アクティブ・ラーニング型授業を始めた経緯を教えてください
朝比奈 雅人氏(以下、朝比奈) 私は、大学院でこういう授業を勉強してきましたが、そのきっかけとなったのは教育実習先での経験でした。教育実習で入った3年生の学級が、前年に学級崩壊したと言われていた学級だったのです。
その担任の先生は、変な言い方をすると、何もしていないように見えました。でも、学級がまとまっていったのです。それが非常に不思議で、先生の様子を見たり話を聞いたりしていくと、子どもたちの「声」に非常に着目して、先生からも声をかけていく様子が見られたのです。
それで子どもたちが非常に変化していき、実習が終わって半年後に会ってみると、とても爽やかな顔をしていて学校が楽しそうでした。それで、子どもたちの相互作用というか、関わり合いを大事にした学習方法について勉強したいと思って、アクティブ・ラーニングを実践するようになりました。
Q.「子どもたちの声」とは何ですか?
朝比奈 実際、傍目から見ると、子どもたちの活動は非常に活発で、今日もありましたが、爆笑している子どもたちもいました。でも、その会話をよく聞いてみると、学習内容に関することを話していて、それで盛り上がって爆笑していたのです。
通常の「授業の規律」という面から考えると、授業中に会話したり、子どもたち同士で大笑い、爆笑したりすることは、「あまり良くないこと」とされると思います。しかし、それが実は授業に必要な会話だったのです。互いに教え合って、その中で理解を深めていく視点で子どもたちの会話に注目すると、子どもたちは非常によく頑張って取り組んでいることがわかります。
また、子どもたち自身が持っているものもそれぞれ違うのですが、子どもたちはその違いも理解した上で教えるという姿も見られます。
ですから、そういった子どもたちの声に着目して、一人一人の学ぶ姿を見ていきたいと思っています。
Q.授業で工夫しているところはありますか?
朝比奈 今日の授業に関して言えば、どのタイミングで「大東亜共栄圏って何のために作ったの?」と声掛けをするかが、私の中のポイントでした。
また、課題を3つに絞ったことです。本当はいくつもあると思います。ですが、あえて3つに絞りました。そのことが、今日生徒たちからいろいろな意見が出て勉強できたポイントかなと思います。
あとは、「ここ、良いね」などと声掛けをすると、子どもたちがワーッと見に行って、それを参考にして「あ、こういうことか」と理解を広めていきます。いわゆる子どもたちの良いところを全体に可視化していくというようなことを最初にやると、子どもたち自身が臆せず、他の人に聞けるようになると思います
Q.声かけをするタイミングは具体的にいつですか?
朝比奈 たぶん、「南のほうに進出していく」話と、「大東亜共栄圏」の話がリンクできないかなと思いました。教科書の文章と資料集だけだと、「イギリスを追い出すために日本が頑張ったのだ。だけど、それが実は違うほうに動いていった。日本が独自の利益を求めるためになってしまった」という理解になってしまうと思いました。
しかし、それら全てがリンクして太平洋戦争にも繋がっていくところに気づいてもらうために、子どもたちが学ぶ声を聞いて、このタイミングだというところで声掛けができるように気をつけました。
Q.声かけの決め手になる言葉はありますか?
朝比奈 私も途中まで緊張していたので全体を見ることが出来なかったのですが……そうですね、全体を見ておよそ2つか3つ目くらいまで子どもたちが達成している状態でしょうか。
大東亜共栄圏とか、資源のところには触れざるを得ないと思うのです。全体の様子を見て、資源のところに触れているかいないかくらいの段階で、「じゃあ大東亜共栄圏って何?」と。「何のために作ったの?」と声かけをしました。
もしくは、クラスの2割3割くらいの子たちがそのあたりまで達した時に、私がぼそっと呟くと、あとは広がっていくので、全体の様子を見て声をかける、というところですね。
Q.先生の授業を再現する時のポイントは?
朝比奈 まず怒らないことです。今までの価値観で授業に慣れていると、「なぜ学び合わないんだ」とか、「なぜお前は出来ているのに教えないんだ」と怒ってしまう先生がいると思います。それでは、意味がないと思います。怒るのではなく、「教えると自分も分かるんだよ」と子どもたちに語っていくことが大切と思います。
あとは、「いろいろな子どもたちがいて、全員が達成することを求める」ということ。教えることが自分の学びにもなると分かって行動出来る子もいますし、分かっているけどやらない子もいますし、分からない子もいます。その状況も踏まえて、「全員、課題が出来るように力を発揮しようね」と話していくことで、やっていけるのではないかと思います。
例えば、今日、生徒にインタビューされましたが、「縁の下の力持ち」と言う生徒がいました。そういった、全体の前には立たないけれど人の役に立っている子がかなり多くいると思います。そういう力を身につけることも大切だと思いますね。
ですから、今までの教師の価値観や考え方で生徒を見ないで、子どもの声や行動で見ていきたいなと思います。
そうやって全員達成を目指すことで、結果、勉強が分かるだけでなく、人間関係も男子女子問わず関わることが出来ると、大人になって役に立つと思います。ですから、教師が「こうしなきゃ駄目だ、ああしなきゃ駄目だ、おまえはこの人に教えなきゃ駄目だ」という固定化させるような発言はしないほうがいいということです。
まとめると、「怒らない」「固定化させる発言はしない」「求めるのは全員達成」というところでしょうか。
それから、良い子たち、非常によく頑張ってくれる子たちが出てきますので、その子たちを褒めることですね。一人一人に「ああ、すごい良いとこ気がついたね」と褒めることも大切ですし、全体をまとめる時などに「今日、この子は、すごい発言だったよ」と全体に可視化してあげると、次の時間、その子のところに「ねえ、ねえ」と聞きに行く生徒もでてきます。
また、その子自身も頑張ろうとやる気を出し、結果として子ども一人一人の中に、自ら取り組んだり友だちに教えたりする気持ちが出てくると思います。
Q.生徒の変化について
朝比奈 自分さえ出来ればいい子が減ったと感じます。「受験にしても、将来働くときでも、みんな団体戦、集団で何かをやるんだ」と語り続けて2年3年くらい経ちます。
その過程で少しずつ、分からないことを教えてあげたり協力し合ったりする集団として身についてきていると思います。当然、社会科だけのおかげとは考えていませんが、社会科では、少なくともそういう姿が見られるようになってきたと思います。
Q.生徒からの授業の評価はどうか?
朝比奈 前期に1回、もしくは1年に1回、私の授業の通知表のような形でアンケートを取っています。悪くないという子と、これがいいという子が半分ずつくらいでしょうか。どちらでも構わないという子もいます。あとは、嫌だという生徒もいます。
というのは、「授業というのは先生が教えてくれるものだから先、生の話を聞きたい」という生徒も確かにいるのです。そういう子たちが多く集まったクラスは、やはり最後で説明をしてほしい、となります。
その場合以外では、「最後のまとめ、どうしたい?」と聞くと、「班の全員で分かっているかどうか確認したい」と言うクラスもあります。その状況で私の授業の評価を聞くと、嫌だなという子はそんなに多くないと思います。良いという子も特別多いわけではありませんが、子どもたちは受け入れてくれていると思います。
Q.アクティブ・ラーニング型授業に否定的な生徒への対応は?
朝比奈 やることは変わらないと思います。ただ、大人になって必要な力だと、伝わるかどうか分かりませんが、全体に語りかけています。
また、例えば今日の授業だと、生徒が太平洋戦争の起きた理由を4つとか3つとか書いた時に、見当違いのことをダーッと書いてしまって「それ、どうなの?大丈夫?」と声をかけると、もうどうしていいか分からなくなってしまったりします。
その時、他の子にしゃべりに行くとか、聞きに行くとか、一つのきっかけが来ることがあります。ですから、粘り強く、辛抱強くやっていくことが大切と思います。
あくまでも教師が「これをやりなさい」と求めるものではないと思います。「こうなると良いよね」と、誘いというか、そのくらいの気持ちでやっていますね。ですから、「右向け右」の感じではありません。
Q.周囲からの評価について教えてください
朝比奈 例えば、何年か前の保護者会で、「嫌いな人でも好きな人でも折り合いをつけて課題を達成することや、社会に出て必要なコミュニケーション能力や、時間を見て行動出来る自主自立を目指しています」という話をすると、「うん、うん」と頷く保護者の方が非常に多かったです。
ただ、それを目指してやっていると言っても、実際に授業を見て理解してもらえるのは難しいです。見方によっては、子どもたちに自習をさせているという捉え方もされてしまいます。
私も含めて、以前は講義型の授業をやってきたので、なかなか浸透していくのは難しいかなと思います。
教員については現在、いろいろな対話型の授業やコミュニケーションを取ることは、もう随分行われてきているので、多少授業がうるさくなっても特に問題はありません。「ああ、なんか活動しているのだね」という話で終わります。特に悪いと思われることはないですね。狙いをもってやっているのなら良いのではないかという感じだと思います。
Q.周囲からの否定的な意見はありますか?
朝比奈 今までの授業が悪いとは考えていません。ただ、時代の変化もあります。また、私の知り合いの先生が、「人間を完成させるための教育方法はない、まだ見つかってない」ともおっしゃっています。当然ですよね。教育の方向というのは多様であるべきだとその先生も言っています。
多様な方法の1つであると捉えてもらえれば良いのではないかと思います。例えば、一斉授業で非常にうまく授業をやる先生もいらっしゃいます。それも大切だし、社会に出てやっていく力も必要です。それぞれの方法でやってお互いに認め合えれば、子どものためという視点では良いのではないかと思います。
Q.否定的な意見について議論する時はありますか?
朝比奈 ありません。というのは、考え方に関して議論したり説明したりすると、人は基本的に逃げますから。「僕はこういう方法をやっています。なぜならば……」と言うと、「ああ、そう、まあ頑張ってよ」という感じになってしまうので、基本的には説明はしないですね。
「なんか、変わった授業やっているらしいね」と言われると、「ええ。子ども同士、共同学習というか、しゃべりながらやっていますよ」と、「そういう場面がある」という程度で済ませています。
もし興味がある先生がいらっしゃれば観に来てくれるだろうし聞いてくれるだろうと思いますが、子どもの人格の完成を目指す上では多様なあり方が必要だと思いますので、別にこれが全てだとは思っていないのです。
Q.今後の課題は?
朝比奈 最初のうちは、今日のような形でやると、学び合うことに一生懸命になって、簡単な課題でも子どもたちは大変だと言います。しかし慣れてくると、教科の内容についてより深めていきたいと思う子がどんどん増えてきます。今日の授業でも、「なぜ日本軍は、海軍と陸軍で別のところを攻めたのか?」と考えだす生徒がいました。
そうなると、教科書の資料で足りないところも出てきます。そうしたときにどういう課題を出すのか、子どもの集団の成長に合わせて課題を考えていくことが必要です。何をどう教えるかについて指導要領に合わせて検討していく知識量もそうですが、やはり私の学習も課題になってくると思います。
それが結果として子どもたちの課題に生きてくると思いますし、子どもたちの活動、子どもたちの会話の充実と言いますか、思考の回り具合と言いますか、そこに影響を与えると思っていますので、私自身も勉強しなければいけません。
Q.先生自身の学習については何をしていますか?
朝比奈 いろいろな本を読みます。大学受験の本も読んだり、考え方や知識の本も読んだりします。あとは基本的な歴史について勉強もします。
例えば、地理ですと、地域ごとにより深く知っていくことも大切だと思います。どういう生活をしていて、どういう農業が営まれているのか。それは教科書の一面的なものであれば簡単ですが、実際そこに住んでいる人々の生活をより知っていくことも、子どもたちの課題づくりに影響してくると思います。
ですから、いろいろな本を読んでいます。
Q.最近の情勢についてどう伝えていますか?
朝比奈 資料を出すことなどでしょうか。地理ですと、今の教科書には東日本大震災の影響で原子力発電所の数が減っていることや原子力発電所の影響のことについては書かれていますが、「クリーンエネルギーの発展について、これから望まれる」といった書き方で終わっていたりします。
授業ではそこで終わるのではなくて、「じゃあクリーンエネルギーって今どんなものがあるの?」と、海の上に大きな風車を並べる案を紹介します。また、様々な新しいもの、例えばシェールガスについても、資料や情報を別に提示したりして、「こういう取り組みがあるよ」と話しています。
Q.将来への展望を教えてください
朝比奈 今、私が一番思っているのが、ロボットに負けてほしくないということです。今の社会はグローバル社会と呼ばれていますが、英語とその他数カ国語がしゃべれて、パソコンが出来て、タフな交渉が出来て、今すぐ赴任地に行って明日からすぐ働いてくれと言っても対応できるような人が必要かもしれません。
しかし、そういう人を育てるということは、ある意味、替えの利く人間を育てるということだと私は考えています。私は、やはり一人一人が幸せになる人生を見つけてほしい。そのためには、自分にしか出来ないことを身につけてほしいと思っています。
それは個人がすでに持っているものかもしれませんし、これから身につけるものかもしれません。ただ、それを大きく破壊するかもしれないのが、人工知能であり、ロボットだと思います。
ですから、最低限まずはロボットに替えられない人。つまりは、人間にしか分からないところ、語弊があるかもしれませんが、人と人との関わりの中で、痒いところを掻けるくらいの、相手を察して、今求めているものを答えられるというような力を身につけてほしいと思います。
それが、あと20年後、彼らが私の年齢や私より上の年齢になった時に、きっと役に立つのではないかと思っています。
まだ先の話なので、どこまで社会の変化があるか分かりませんが、少子化もありますし、子どもたちが彼らなりに幸せに生きていけるものを作ることができたらいいと思っています。
Q.アクティブ・ラーニング型授業を実践してみたい先生へのメッセージはありますか?
朝比奈 仲間を見つけるとやりやすいと思います。学校の中では自分一人かもしれませんが、探せば、いろいろな情報を発信している人たちがけっこういます。ですから、その人にまず頼ってみること。全然知らない人でも、ちょっとメールを送ってみたら仲良くなれたり、困っていることを教えてくれたりして、それがきっかけとなることもあると思うのです。
子どもたちの学習も一緒で、誰か人を探してみる。仲間を作ってみるということが、自分の抱えている課題を解決するひとつの方法だと思います。ですから、仲間探しをやってみるといいと思います。
Q.先生は仲間探しをしたか?
朝比奈 私は大学院からずっと続いていたのでたまたま周りに仲間がたくさんいますが、たまに、「アクティブ・ラーニングに取り組もうと思うのですが、初めてですごく不安で、どんなものか話を聞きたくて来ました」という先生がいらっしゃったりします。それで、一緒に話したりしています。
その後、その先生が実践しているかどうか分かりませんが、私だったら、「あの人(朝比奈先生)がこう言っていたから、失敗したらあの人のせい」にしてでも、一回やってみます。
そして、うまくいったら自分の手柄です。それは子どもと先生の関係と同じだと思います。そんな感じで、「あの人が言ったとおりにとりあえずやってみよう」と思える仲間を探せるといいのではないかと思います。
Q.最後に一言お願いします
朝比奈 今日は、50分授業の冒頭5分で課題提示をし、残り40分で活動をして、最後の5分でまとめるという形ですが、それがアクティブ・ラーニングだということではありません。課題や、子どもたちの状況や、何を学ばせたいか、何を気づかせたいか、によって変えていくものだと思っています。
ですから、形を決めるというものではないということだけ分かっていただければと思います。「この形がアクティブ・ラーニングです」となるとこれ以外の形が全部おかしいという話になってしまうので、そうではないということだけ知っていただければなと思います。
※朝比奈先生の社会の授業は、学校導入版で視聴できます
学校導入版の詳細はこちらをご覧ください...
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