概要
学びたい!分かりたい!という気持ちを引き出す、手作りプリントを活用したグループ授業
「今の授業形態に変えてから、生徒のほうに分かりたいんだっていう強い気持ちがあるということが、よく分かるようになりました。」
赴任当初は、講義形式の授業をしていたという榊原先生。
学力が高い生徒たちなので、基本的な内容だけでなくプラスαの内容もいろいろと説明していけば、生徒の好奇心を満たせるのではないか?
そう思って授業をしていると、予想を裏切り、寝始める生徒が無視できないほど多くなっていったそうです。
そこで、授業形態を今のように変えると、すぐに居眠りはゼロに。
そしてさらに、講義形式の時には感じられなかった生徒たちの「学びたい」「分かりたい」という強い気持ちが伝わってくるようになったそうです。
ますます授業準備に力が入るようになり、板書の時間やノートに書き写す時間を、より生徒の学びの時間に充てるため、手作りのプリントを作成。プリントに沿って授業を進めていきます。
生徒たちに話を聞くと、
「すごくやりやすい」
「誰かが分からない、となっても、班の中の誰か一人が分かっていれば、それを生徒同士で分かりやすい言葉で話し合って理解を共有できるのがすごく良い」
と、授業を楽しんでいる様子が伝わってきました。
試行錯誤を繰り返しながら、生徒と一緒に授業を作り上げている榊原先生の授業をぜひご覧ください。
Q.物理を学ぶ意義
榊原 誠一郎先生(以下、榊原) 物理というか、理科というもの自体が、自然現象を扱うことから知的好奇心を喚起できる非常に良い教科だと思っています。サイエンス、科学は、日本はもちろんですが、どこの国でも同じ現象として起こるものです。一種の国際的なコミュニケーション能力の一つになり得るということで、生徒に是非力をつけてもらい、理解してもらいたいと思います。
Q.先生からみた物理の面白さは?
榊原 「日常で起こる自然現象を基本的に簡単な数式で表せる」ことです。また、数式で表したとおりに物理現象が起こる、というところが非常に面白いと思います。決して机上の空論を話しているわけではないところが非常に興味深いと思い、物理にも関連して生徒にも伝えたいと思っています。
Q.今回の授業で生徒に一番学び取って欲しかったことは?
榊原 今日扱った内容は、新しい分野ではありますが、全く習ったことのない分野というわけではなく、既習事項から導かれる新しい考え方を使っています。なので、運動方程式を直接使うわけではないのですが、「運動方程式と関連する事柄から説明できる物理現象がある」、「運動方程式ではない形のほうが説明しやすいものがある」というところを、是非感じて欲しかったです。
この分野では、運動の激しさを表す量である運動量が出てきますが、決まって運動エネルギーとの混乱が生じやすい部分です。そこについてはまだ深く触れず、今後、具体的に区別をつけるような授業をやっていこうと思っています。
Q.創意工夫した点は?
榊原 物理では、ただ数式を処理するだけではなく、自然現象を数式で扱うため、「こういう理由でこの式が立つ」という、いわゆる物理的思考力が試されます。それを授業中に積極的に試しながら、生徒に考えてもらい、授業を進めるように組み立てているつもりです。
今回は、あの2つの式から今日扱う式を導くにあたり、答えを言う前に、「物理的に意味がある式を作りなさい」と、意図的にこちらから発問をしました。生徒側に、ただ公式、文字を扱っているだけではないのだという感覚を持ってもらいたいと考えました。
Q.一年間のインプットの割合は?
榊原 およそ50%をちょっと上回る、55%くらいになると思います。なるべく50%にしたいと考えています。どうしてもしゃべりすぎる傾向があるので、そこをちょっとぐっと堪えて、なんとか生徒側の活動を増やしたいと思っています。それは、どうしても高校生に最初から考えさせるのは難しいようなことも出てくるためです。
例えば、物理だと、近似式とか、2乗平均という値が出てきて、それ自体は高校生がいきなり扱うのは少し大変なので、そのような分野についてはかなり教員側の説明する時間が多くなってしまいます。
そうすると、インプット割合は70%くらいになってしまうので、なるべく減らしたいとは思っています。
Q.単元ごとの割合の違いは?
榊原 物理の最初のあたりは、比較的簡単な現象を扱うので、半分よりも少ないかもしれません。ですが、だんだん込み入った話になってくると、どうしても増加傾向があります。
Q.今の形になるまでの試行錯誤は?
榊原 私は昨年から本校に赴任して、最初は一般的な講義形式の授業をやり始めました。この学校は学力が高い生徒が多いということだったので、講義としてやるのであれば、幅広く説明していけば、生徒の好奇心を満たせるかと思っていました。
しかし、やってみると寝始める生徒が無視できないくらい多くなってきて、ちょっとこれは様子が違うなぁと思い、それがまず変えてみようと思うきっかけになりました。テスト前に、試しに問題集をグループ形式でやってみたのですが、これが生徒に対しては好評でした。
1年前は、教員側にグループ形式で授業をするには少し抵抗があるような雰囲気もありました。そこで、私が空気を読まずにやり始めたのですが、生徒のほうは、非常に良い反応をして、「分かりたいのだろうな」という気持ちが形になって見えてくることが非常に多かったです。
具体的には、お互いに質問し合うとか、教え合うということが多かったです。私は前任校で、学びの共同体という取り組みに関わっていたこともあり、グループ形式で授業をやることに否定的な気持ちはなかったので、試しにやってみました。
グループ形式をやってみて、まず寝る生徒がゼロになりました。それが、こちらとしてはまずストレスが一つなくなった部分です。演習時間も確保したいと思うと、どうしても板書をして、それを生徒がノートに書き写すという時間がロスと思えるようになってしまいます。そこでプリントで板書内容を配って、生徒には、板書を写す時間を取らせずに、問題演習をやらせるようにしています。生徒たち自身が考える時間を取りたいと思って、授業を組み立てるようになりました。
最初、生徒はプリントについてはパソコンで作ったものがいいとのことでしたが、それはこちらが大変だということで、少し相談をしながら、今の手書きプリントの形で落ち着いています。
アクティブ・ラーニング型授業についても、その頃知り、ぜひ積極的に取り組んでみよう思い、現在では振り返りテストも行うようにしています。先輩教員の授業も参考にしながら、その1時間の中で扱うテーマを明確にするように意識をし、今回であれば、あのようなテーマで1コマ1テーマということで、生徒側には伝えるようにしています。
アクティブ・ラーニングの定義の一つでもありますが、能動的な学習には、書く・話す・発表する等の活動への関与と、そこで生じる認知プロセスの外化を伴うということを念頭に置き、授業を進めるようにしています。
このような授業形態にしてから、例えば定期テストの点数が上がったかというと、そうではないのですが、まず生徒の居眠りがなくなったということと、演習時間が確保できるようになったこと、そして机間巡視する時間が増えたので、生徒が躓いているところが分かりやすくなりました。
また、毎回、基本的に同じ形式で進めるので、生徒側もこういう進め方だなという安心感が出るということがあります。授業進度については、1コマ1テーマで年間計画を立てているので、むしろこれまでやっていなかったようなことも、授業で扱えるようになり、私にとってはやりやすくなったと思います。
生徒からは、この形式を継続してほしいというアンケートの結果もあるので、まずはこの形でしばらくやってみようと思っています。
デメリットとしては、余分な話が出来なくなったことです。授業で色々な発展があると、こちら側が知っている知識を少し紹介しにくくなってしまって、ちょっと教員としては寂しいかなと思うところです。
Q.失敗談はありますか?
榊原 生徒に対して、どう声掛け方法をしたら生徒の頭の中がアクティブになって、相互の意見交換や質問が活発になるのか、というのが悩ましいところです。
授業ごとに、あの声掛けは良かったと思うこともありますが、この声掛け、あの声掛けをしても結局、生徒の活動は活発にはならなかったということもあり、今試行錯誤をしています。
Q.失敗から学んだことは?
榊原 色々情報を得ようと、インターネットはもちろんですが、授業書を参考にしています。あとは私的に参加する教科の勉強会もあるので、そういうところで、問いかけの方を話題に出して、参加者でお互いに話をするなどしています。
自分だけでは解決できないことが多いので、私もアクティブ・ラーニング中というか、どうしたらいいのかなと思いながら、あれを試して失敗したり、これを試したら良かったとか、本当にまさに試行錯誤中です。
Q.授業をするうえで心がけていることは?
榊原 まずは、物理という科目が自然現象を扱う科目ですので、机上の空論で終わらせるわけにはいかないので、とにかくなるべく物は見せるようにしています。現象を見せる、体験させるということを積極的にやろうと意識しながらやっています。
今日の授業は、物を持ってくることはありませんでしたが、なるべく意識をしています。先ほどもお話ししましたが、もうとにかく色々なところから情報を得られるようにしています。
インターネットや、実験書、有志の勉強会ですとか。それ以外にも、物理であると100円ショップに寄って、何か使えそうなものを漁ったり、ホームセンターに行って、何か作れないかなと考えたりして、何でも使おうと思っています。
Q.アクティブ・ラーニングをするうえで欠かせない準備は?
榊原 まず、授業準備の前の、年間の指導計画を1コマずつ決め、このコマではこれをやるという計画を立てた上で、1コマ1テーマを基本にして授業を進めるようにしています。
あとは、今回の授業もそうですが、プリントの準備です。この手書きの板書のプリントと、裏に問題演習からコピーしてピックアップして載せています。また、最後にあった要点の振り返りテストの準備は毎時間前にやっていて、今日は出来たのですが、全てできるわけではなく、なるべく早く教室に行って、板書するようにしています。
この時間ももったいないという感じで、授業が始まったら、とにかく喋ることから始めたいと思っています。あとは、タブレット端末をタイマー代わりに持っていって使うことも多いです。
アナログの時計よりも、時間が5分経過したとか、はっきりと生徒側も分かるので、多用しています。
Q.アクティブ・ラーニングを導入して生徒に起きた変化は?
榊原 まず生徒に「分かりたい」という気持ちが強くあることがよく分かるようになりました。友達に質問するとか、教えてあげるとか、教えることを通して自分自身も学ぶとか、そういうことが教員側にもよく伝わってくるようになりました。余計にこちらもなんとかしたいという思いで、授業準備には力が入るようになっています。
また、生徒が躓いているところがすごく分かりやすくなりました。生徒から、「こういう発想でも出来ますよね?」という意見をもらうこともあります。それは私だけでは気付かないような視点もあり、その点で私自身も勉強になっていて、有り難く思っています。
時間がある限り、授業内で共通で躓いているところが多く見られた時は、「今日の内容ではこの辺りで誤解している子が多いようだけれども」ということを伝えて、フォローをするようにしています。
そこも、生徒側でフォローし合えるようになればいいのだろうなと思うのですが、ちょっとまだそこまではいけていません。
Q.生徒から教えられたことは?
榊原 生徒側ではなければ気付かなかったような新しい発想、考え方を、自分としても興味深く受け止めているところで、それは勉強になっています。
Q.基礎学力が高くないとアクティブ・ラーニングは成立しない?
榊原 実際そういった話や、アクティブ・ラーニングに関わる話を見たり聞いたりして、また自分の授業もやりながら考えていくと、その基礎学力があるなし自体は問題ではないのかなと思います。
どちらかというと、今回のようなグループ形式の授業の進め方であれば、他者と関わる、友人と関わる環境が出来ているかどうかということが、まずは大切なのではと思っています。
それに加え、教員側が「その集団に合ったテーマを示せるかどうか」というところがポイントになると思います。私も、毎時間うまくいっているわけではないですが、そういうところが大切というか、基礎学力のあるなしが問題ではないような気がします。
Q.教科書をこなすので精一杯でアクティブ・ラーニングを導入できない
榊原 年間指導計画を立てて教科書を全部扱うようなスケジュールを立てて、1コマずつ1テーマでやっているので、むしろ教科書の内容をすべて扱いながら、アクティブ・ラーニング型授業ができているような気がします。
以前よりも、私はその教科書の内容をすべて扱えるようになったと感じています。
私にとっても無理がなく、毎時間それなりのものを提供できるような授業形態として、試行錯誤する中で、今の形態が定着しています。決して無理してやっているつもりはないですし、教科書の内容も、むしろ幅広く扱えるようになった印象を持っています。
Q.要領のいい子が中心になって他の生徒の学びが進まないのでは?
榊原 難しいところです。そういう状況が起こりやすいのは確かですが、なるべく早い段階で、生徒全員に「他者と関わることで新しい気付きが得られるんだ、むしろ理解が深まるんだ」ということを、経験させたいなと思っています。
ただ最初から、例えば発言しにくい子が発言できるようなことはなかなかないので、なるべく教員がグループ内を見回って、おとなしめの子に対しては、教員側がその意見を吸い上げて、「こう考えているみたいだけどどう思う?」というように、関わり合いの準備をお膳立てするように意識をしています。
Q.アクティブ・ラーニングで入試に対応できるのか?
榊原 授業で扱う問題演習で、教員自身が解説する時間が非常に少なくなったので、その部分は非常に心配ではあります。多くの取り組みを生徒側に委ねるようになっているので、グループごとに理解度のばらつきが出てくる状況も、正直言ってあります。
そういう状況は、教員としては非常に心配することで、結局効率良いのは一斉の講義形式の授業で、教員が全部解説して、生徒全員に共通の理解というか、例えば、問題の解き方ですとか、そういうことを教えた方が効率は良いとは思います。
しかし、私としてはこの授業形態に可能性を感じています。例えば、入試問題をもっと扱いたいと思うことももちろんなのですが、生徒の力を伸ばせるような形態をこちらがもっと考えていくことで、私としては以前の一斉授業の形式よりも、こちらの形式のほうがよりよく実施できるのではと感じています。試行錯誤を繰り返しながら、生徒の要求、入試学力をつけたいとか、そういう要求にも応えられるようにやっていきたいと思っています。
Q.今後挑戦してみたいことは?
榊原 この形式をやり始めてから、反転授業というものを情報として聞くようになり、やってみたいと思う気持ちもありましたが、まだ出来ていません。ひとまず、今この形で1,2年はやってみようと思っています。
生徒側にアンケートを取って、「最近、反転授業ってこういう形式もあるらしいぞ」という話を出したら、「絶対そんな映像見てから授業に来るなんて、そんな奴いません」と言われて、まあそうだよなぁと思い検討中です。
Q.アクティブ・ラーニングの導入を迷っている先生に一言
榊原 私自身、アクティブ・ラーニング型授業というものが、成立しているかどうか怪しいところはあるのですが、今後、生徒が社会に出てから使う力というのは、物理の学力そのものというわけではないと思っています。
よほど物理の研究者にならない限りは、社会で物理の知識自体を使うことはないと考えると、物理の授業を通して、自分が持っている力として、他者に説明する力や、関わる力を養えればいいと思います。なので、あまり教科書が終わらないのではないかとか、入試の学力がつかないのではないかという心配にとらわれずに、とりあえず始めてみたらどうかなと思います。
少し極端な言い方をすると、頑張らずにアクティブ・ラーニング型授業ができるようになればいいのではないかと思います。...
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